対話になぜルールが必要なのか?

自由に何でも話していい対話の場。
自由なんだからルールなんかなくていいのではないか?
逆なんですよ。ルールがあるからこそ自由に話せるようになるのです。

私が哲学対話を行うときには以下の6つのルールを設けております。

1)自分の体験談や価値観を伝えよう
2)どんな意見でも認めよう、受け入れよう
3)お互いに問いかけるように意識しよう
4)発言せずに聞いているだけでもよい
5)話がまとまらなくても、意見が変わってもよい
6)プライベートな情報は守ろう

こういうルールがなかったとしたらどうなるでしょう?

自分は体験したことない請負の知識を披露される。
「エベレスト登山は過酷な環境で死と隣り合わせなんだよ!?俺は登ったことないけど。。。」
そんな話を聞いて楽しいですか?本やネットで登山家の手記を読んだ方がためになるわ。
そうではなく、どんな体験だろうとご自身が経験したことは唯一無二です。ご自身が経験したことは誰にも否定されません。自分がどう思うのかを対話では大切にしています。

対話は自分の主義主張と違う意見を否定する場ではありません。
善悪を決める討論の場ではありません。盗人にも三分の理。その人の考えや行動の背景にいったいどんなことがあるのか知る方が大切です。
ここが大切なんですけど、相手の意見を理解するように努めるが同意する必要はないということ。
討論では相手に対して寄り添いません。対話はどんな意見でもまずは寄り添うからこそ自由な発言につながります。

対話の場ではたいがいファシリテーターがおります。
ファシリテーターが場をコントロールしなくてはいけないのなら、その対話は自由ではない。
そのファシリテーターが持つ知識から超えることができない。グループなのに1対1の関係性になってしまい、自由ではなくなってしまう。
参加者がそれぞれ問いかけあうからこそ、相乗効果が生まれます。自分から対話に参加する主体性を育む。

「○○さんはどのような意見をお持ちですか?」
会議とか仕切りたがりの人に多いです。他人に意見を求める。
もちろん対話の場では他人の意見を求めてはいけないということではありません。どちらかというと求められたあとの方が重要で、言いたくないことは言わなくていい。話すことがまとまっていないかもしれない。
意見を強制されるとそれは自由ではなくなる。対話の場なのに話さなくてもいいことが必要なのです。

最初に言った意見と今の意見は違うじゃないか、あなたの発言は矛盾している。と非難する場ではありません。
様々な側面や背景を知っていくうちに考えが変わることはあることです。
絶対に変えない意見を持ち続けるのではなく、考えることによって、思い込みやレッテル貼りをやめ相互理解を深めることが対話の場です。

話したことが他人に漏れる。これでは信頼関係が成り立ちません。
個人的な話を守ること。安心安全の場をみんなで作るからこそ対話ができるのです。

主催者によってルールは異なりますが、ルールがあって自由に話せる対話の場になるのです。


◆◆ 次回開催日調整中 ◆◆
────────────────────────
*対話コン ~異性の価値観と向き合う~
今までにない対話の手法を使った合コンっぽい対話のイベントです。
普段はまじめに話さないような恋愛・結婚などをテーマに異性と一緒に対話して仲良くなってみませんか!?

*市民カフェ
色んな社会問題や暮らしの課題、政治の話題まで、参加者同士がざっくばらんに話し合う場です。
専門的な知識は不要。難しいことはしません。

◆◆ 対話力育成コーチ武のSNS ◆◆
────────────────────────
*ホームページ
http://www.co-tk.com/
*Twitter
https://twitter.com/denchi_jp/
*Facebook
https://www.facebook.com/denchi.jp
*Instagram
https://www.instagram.com/denchi.jp/